沖縄県祖国復帰45周年記念靖国大会

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来たる2017年5月20日土曜日に沖縄県祖国復帰45周年記念靖国集会が靖国神社境内の靖国会館で開催される。

僕も短い時間だが話をさせてもらうことになった。

せっかく靖国で話ができるので、僕のテーマは「靖国で考える日本の国のかたち」。

日本の国体のかたちを考えていたら、日本がいかにすごい国かを再発見した。

日本が何千年もの間継続して来た理由が、国のかたちから理解できたのだ。

詳細を知りたい方は、是非、当日靖国へ足を運んでほしい。

▼参加表明はこちらから

https://www.facebook.com/events/602722289917703/

 

沖縄県祖国復帰45周年

その前の5月14日日曜日には、沖縄市民会館で同様の行事が開催される。

自衛隊の演奏もあり、興南高校を春夏連覇へ導いた我喜屋先生の講演も聞ける。

春夏連覇を達成した瞬間は関西在住だったので連日甲子園へ応援にでかけた。

夏の優勝は県民の悲願だったところ、春夏連覇のおまけもついてきた。

狂喜乱舞の瞬間を演出してくれた当時の監督が何を語るのか僕も非常に楽しみにしている。

いずれかの行事に是非とも参加してほしい。

▼参加表明はこちらから

https://www.facebook.com/events/622530814608790/

沖縄県祖国復帰45周年記念

 

 

実際の沖縄県祖国復帰記念日は5月15日である。

1972年5月15日。

僕はこの日を小学校2年生に進級したばかりの7歳で迎えた。

当時は沖縄に住んでいた。

この日まで沖縄は米施政下のため、お金はドルを使用。車は右側通行であった。

 

沖縄県祖国復帰~突然ドルが使えなくなった日

当時の僕の家の前には駄菓子屋があった。

この日まで僕はいつもお小遣いの1セント玉を握りしめて、この駄菓子屋に通っていた。

1セントあれば駄菓子が複数買えたのだ。沖縄県祖国復帰ドルが使えなくなった日

復帰当日。

この日から突然ドルは使えなくなったと言われた。

代わりに握らされたのが1円玉。

僕は初めて見た1円玉を握りしめて意気揚々と行きつけの駄菓子屋へ行った。

「おばあ、これとこれちょうだい~。」

いつもの駄菓子をいくつか手にして僕は1円玉を差し出した。

おばあ「ぼく、これでは足りないよ。」

僕「え~。なんで~??」

おばあ「これは10円。これは5円。だから足りないよ。」

僕は子供心にショックを受けた。

いつもの大好きな駄菓子が、お金の形が変わっただけで買えないなんて・・・。

僕「じゃあ、このお金で買えるものは?」

おばあ「残念だけど、ここには何もないねぇ」

僕「がぁ~ん。」

僕は二重のショックで言葉を失った。

何も買えないなんて・・・。

昨日まではいっぱい買えたのに。

僕は傷ついた幼心を引きずりながら帰路についた。

 

沖縄祖国復帰運動の裏話

沖縄県祖国復帰と同時に国家公務員の父は福岡へ転勤となった。

家族全員での引っ越しである。

学期の途中での引っ越しだったので不安や心残りもあったが、僕は新天地での生活にワクワクしてた記憶の方が強い。

それ以後、2013年に沖縄に戻るまでの41年間を僕は本土で過ごした。

そのため、復帰後の沖縄の暮らしはわからない。

米軍基地があり、アメリカの香りが漂う基地の街は憧れすら抱く存在であった。

しかし、本土から眺めていた沖縄は左傾化し、沖縄祖国復帰記念日は日本の施政下に入ったことを後悔している日のような扱いだ。

そのため、本来は沖縄県主催で政府と共に祝うべき祖国復帰記念行事が民間主催でしか開かれない。

この日の沖縄では平和行進と称する反政府デモが開催されるのみだ。

実は靖国の祖国復帰記念集会を主催しているジャーナリストの仲村覚氏によると、沖縄祖国復帰運動の影には中国の存在があったようなのだ。

仲村氏によると、米施政下の沖縄では蒋介石による沖縄独立工作と毛沢東による沖縄祖国復帰工作が進行していたそうだ。

沖縄独立工作は住民の支持を全く得られず頓挫した。

一方で沖縄祖国復帰工作は、沖縄県民は日本人であるという自覚が強いために多大な支持を得られ、祖国復帰運動は盛り上がった。

しかし、実は仕掛けた毛沢東の中国の真の狙いは、「米軍基地撤退」とセットでの沖縄祖国復帰だったようだ。

要は中国は米軍基地を撤廃させた沖縄を虎視眈々と狙っていたわけだ。

そのため、米軍基地が残ったままでの沖縄の返還が決まると、祖国復帰運動は変遷し、沖縄返還反対運動に変容した。

仲村覚氏のお母さまが当時たった6名で祖国復帰運動を主導していた沖教祖から脱退し、真の返還運動に従事されたそうだ。

沖縄県民の日本への郷愁の思いを中国に利用され、危うく沖縄は中国の手に落ちるところだったようだ。

しかし、祖国復帰を純粋に願う仲村さんのお母さんのような方たち先人たちのおかげで、僕らの沖縄県は守られたのだ。

本当に頭が下がる思いだ。

僕も含めてほとんどの沖縄県民がこの事実を知らされていない。

中国はその頃から沖縄侵略を狙って来たのだ。

かの国のしつこさには閉口するが、僕らもしつこく中国の脅威を訴え続けなければなるまい。

 

沖縄県祖国復帰の真実は、前出の仲村氏が運営する一般社団法人日本沖縄政策研究フォーラムのサイトに詳しいので参照されたい。

●沖縄フォーラム【沖縄県祖国復帰45周年】沖縄県祖国復帰を思い起こす動画集







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