沖縄独立運動の影に琉球王国復活をもくろむ?!あの勢力

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沖縄県には大陸からの帰化人の末裔がたくさん住んでいる。

一説には約2万人いるとされている。

久米三十六姓である。

久米三十六姓のことを知らない人のために説明をすると、明の時代、支那大陸南部の福州(現在の中国福建省)から琉球王国へ洪武帝の命により下賜されたとされる閔人の末裔のことである。

彼らは那覇市の久米村周辺に居住地を構えたので久米三十六姓とか久米村人(クニンダチュ)と呼ばれている。

彼らは学者や航海技術などを持った職能集団として、琉球王国の外交や貿易に従事し、政治、教育、文化面でも非常に大きな役割を果たしてきた。

琉球人にとってクニンダチュは知識人であり、とても優秀な人たちというイメージだったようだ。

だから、その末裔だからと批判するつもりはない。

多くのクニンダチュが沖縄に同化しており、僕の近くにもうちなーんちゅ以上にうちなーんちゅらしい人が多く住んでいるし、そちらの方が多数派であることには言及しておこう。

しかし、自分の父祖の地への郷愁は人間なら間違いなく持っていることだろう。

一部のクニンダチュが大陸にアイデンティティを持ち続けていることは何ら不思議ではない。

クニンダチュの一部に沖縄独立による琉球王国復活をたくらむ勢力が存在していてもおかしくはない。

なぜならクニンダチュは従来、琉球王国のヒエラルキー組織の頂点の支配層に位置し、甘い汁を吸って来たからだ。

琉球王国は仲介貿易で豊かだったと言われているが、実際には原始共産社会で一部の王族、士族が支配層として君臨し、貿易の利益を独占していた。

被支配層のほとんどが農奴であり、重税に苦しんでいたようだ。

王国が一部の支配層によって私物化されていたのだ。

琉球王国は久米士族として支配層にいた彼らクニンダチュにとって美味しい果実だったのだろう。

だから、廃藩置県は被支配層にとっては奴隷解放、彼らクニンダチュにとっては屈辱の琉球処分であるのだ。

彼らの利権が奪われた日なのだ。

沖縄独立運動の影

 

琉球王国のキングメーカーであったクニンダチュ

ところで、僕自身はこのクニンダチュが王国の政権そのものを握っていたとは考えていなかった。

しかし、ちょうど沖縄学の権威である外間守善氏の著書に、クニンダチュが政権を握っていたと思われる記述が見つかった。

時は第一尚氏末期。琉球王国は尚巴志が統一国家を築き、父を初代国王に据えたのがその始まりである。

その後、尚巴志は2代目国王となり、以後7代続いた。

しかし、7代目尚徳王の死亡時に内間金丸という家臣が周囲に押されて王の座に就き、尚円と名乗ったとされている。

第二尚氏の始まりである。

しかし、本当は禅譲などではなく、金丸派の武力によるクーデターであったとの説が有力になってきている。

外間守善氏の著書から引用しよう。

金丸は尚泰久王の信頼が厚く、海外貿易品を補完する御物城(おものぐすく)の長官で、財政並びに外交問題をあずかる重職にあったし、また、そのために唐栄(帰化人の住む久米村)の人たちの信望も厚いわけで、彼らの信頼と支持が、彼を政権の座に送り込んだのではないだろか。この唐栄、および御物城を中心にして貿易の利による沖縄経済の中心をなしつつあった那覇勢力が、金丸を支持して、遂に首里勢力である尚巴志王統を倒すことになったと考えることができる。

(中略)

ともかくも、尚円から尚真にいたる第二尚氏王朝草創期の歴史的な動きに注目するとき、政治、経済、文化に通暁し、明国を中心にしたアジア世界に眼の開かれている唐栄の人たちの影響力を、その背後に感じざるを得ない。(中公新書・沖縄の歴史と文化・外間守善)※太字・傍線は筆者による

 

この記述はつまり、第二尚氏成立のクーデターの際にクニンダチュがキングメーカーとして尚円王の実現に暗躍したということだ。

その後、410年にわたり、クニンダチュは政権の座にはつかなくても、政権の中枢にてキングメーカーの役割を果たしたことは想像に難くないであろう。

王家にとっても王国経済の要である航海技術と貿易の実務にたけたクニンダチュは手放すことができなかったであろう。

2017年3月に琉球放送で放映されたドラマ「尚巴志」では、尚巴志の三山に分かれていた王国統一の様子が描かれていた。

尚巴志はクニンダチュから武器を調達し、王国統一を行ったとしていた。

このドラマは史実に沿っているかどうかわからないが、王国統一後の尚巴志はクニンダチュの影響力を何とか排除していた。

クニンダチュは第一尚氏時代から王家に影響力を行使しようとしていたことがうかがえた。

▼琉球歴史ドラマ 尚巴志

 

かつてクニンダチュが起こした沖縄独立琉球復古運動

クニンダチュが、途中で薩摩の影響力が強くなろうとも琉球王国を舞台に長きにわたり君臨し、この世の春を謳歌してきたことがうかがいしれる。

そして、前述したが、尚円から410年後に起きたのが廃藩置県(1879年)である。

これにより琉球王国は消滅。クニンダチュも権力の座から転げ落ちた。

沖縄県設置後も王国時代の支配構造はしばらく温存されたようだが、清との冊封体制は崩壊し、クニンダチュはその活躍の場を失った。

その際に一部のクニンダチュが非合法のうちに清国政府に逃れ、清国からの武力介入により王国復興を目指す琉球復古運動を展開した。

この一部のクニンダチュを脱清人と言う。

彼らはそこから日清戦争に至るまで、琉球王国の復活を模索してきた。

日清戦争でも脱清人は清の勝利を願っていた。

日本に帰化していながら清の勝利を願っていたのだ。

清の敗戦を持って琉球復古運動は挫折し、その後クニンダチュは沖縄社会と完全に同化し、ひっそりと影を潜めてきたようだ。

この話はどこかで聞いたことがないだろうか?

そう、現代沖縄の状況とそっくりではないか?

クニンダチュの末裔が先祖代々、この話を聞かされていたらどうだろうか?

今こそ、好機到来と思わないだろうか?

ほとんどのクニンダチュのアイデンティティは沖縄にあり、華人(漢民族)と違うので一緒にされるのはいやだと思っているという論文を目にしたことがある。

だから、彼らが華人と手を結ぶとは考えにくかった。

先の大戦においても多くのクニンダチュが日本兵として参戦している。

だから、クニンダチュを十羽ひとから揚げで・・・失礼、十把ひとからげで論じるつもりがないことは何度も断っておく。

僕は大陸にアイデンティティを持つ一部のクニンダチュの話をしているのだ。

彼らは過去に琉球王国再興のために、当事の大陸の覇権国家であった清(満州人)と結び、清の武力外圧により琉球を独立させようともくろんでいた。

そうであれば、彼ら一部のクニンダチュが、沖縄2紙をコントロールし、中国の華人と結び、中国の武力外圧による琉球復興運動、沖縄独立をもくろんでいると考えても不思議ではない。

ジャーナリスト恵隆之介氏の著書(PHP研究所・恵隆之介著・いま沖縄で起きている大変なこと)によると、彼らは約10億円の共有預金と会館を有し、今なお団結は強い。(2014年9月8日現在)

沖縄独立による琉球王国復古運動

 

現代沖縄で起きている沖縄独立運動を紡ぐ糸

現知事の翁長雄志氏は元沖縄県知事の稲嶺恵一氏と門中である。

門中とは始祖を同じくする父系の血族集団。

つまり、稲嶺家と翁長家は始祖が同じだということになる。

仲井真前知事もそうであったが、稲嶺元知事も久米三十六姓の末裔であると前出のジャーナリスト恵隆之介氏は言及している。

そうすると必然的に稲嶺元知事と始祖が同じ翁長氏も同郷の出身の末裔ということになる。

そう、翁長氏もクニンダチュの末裔なのだ。

かつて尚円王朝を実現したクニンダチュが、現代日本の沖縄県においても稲嶺氏、仲井眞氏、翁長氏と三代に渡り県知事を輩出している。

クニンダチュのキングメーカーとしての力量を侮ることはできないのである。

翁長氏の親中的な行動原則は彼のルーツを知ることで説明できるであろう。

親中の沖縄2紙と翁長知事による反米、反基地運動。

この横のラインを紡ぐ糸がクニンダチュだとしたら、妙に合点がいくのである。

彼らは豊富な資金と強い団結力により経済界でも大きな影響力をもっている。

翁長氏は那覇市長時代、クニンダチュの私的な宗教施設である孔子廟の移設に25億円もの公金を拠出している。

しかも移設先の土地は那覇市が無償提供しているそうで、私的な民間宗教施設に那覇市が便宜を図っているとして、地元民から提訴をされている。

そして、3億円を投じて作ったのが、有名になった波の上に鎮座する巨大な龍柱である。

4本爪の龍は母国に対する忠誠を表しているらしい。

彼らクニンダチュは時を経て、琉球王国の黄金時代、庶民にとっては暗黒時代の再興を願っているのだろうか?

日本人の感覚だと、そんな昔のことを持ち出して、まさかそんなことがあるはずもないとなるかもしれない。

しかし、大陸の思考は千年単位のスパンで物事を考えるらしいから、あながち当たらずと雖も遠からずかもしれない。

日清戦争からはわずか120年強しか経っていないのだ。

ここにある筋からの情報がある。

沖縄2紙の管理職に出世するには、ある村出身でなければならないという情報である。

その村とは久米村。そう、クニンダンチュでなければ出世ができないとのことだ。

この情報の裏を取るのは難しいが、この話が本当なら沖縄2紙の偏向報道の理由が腑に落ちる。

2016年12月22日、公安調査庁は『中国に有利な世論を沖縄で作ることによって日本国内の分断を図る狙いが潜んでいると見られる』とレポートしている。

世論を作るのはメディアであることを鑑みれば、このレポートはつまり、中国の工作が沖縄メディアに浸透していることを示唆している。

外国の工作には国内に協力者が必要であると考えると、中国の工作の国内協力者として浮かび上がるのがクニンダチュなのだ。

沖縄メディアは沖縄県民がまったく支持していない沖縄独立を煽り、自己決定権を叫び、米軍撤退の世論を作っている。

そう、沖縄を無防備状態にし、中国に明け渡そうとする論調に終始しているのだ。

そのうえ、先の沖縄戦では住民の悲劇だけを強調した報道を繰り返し、どんな戦争であれ、戦争の悲劇は二度と繰り返してはいけないと沖縄県民に刷り込み続けている。

国連でも認められている自衛権でさえ行使できないように、県民に情緒的な戦争反対の論陣を張っている様は、およそ沖縄県民の防衛本能を削ぐことに注がれているようだ。

その論陣の裏に外国勢力による刷り込みがあるとしたら、合点がいくのだ。

すなわち、自分たちが首尾よい侵略が可能なように、有事の際に沖縄県民、そして日本人が立ち上がらないように扇動しているのだと考えた方が納得ができるのだ。

本土のメディアも在日外国人による工作が進んでいるようだ。

もし、あなたがどんな形であれ、戦争には反対。

つまり、自衛戦争することも放棄し、有事には戦争になるぐらいなら速やかに国を明け渡した方がいいと考えているなら、彼ら外国人の扇動に洗脳されていると思った方がいい。

現在、国内では右と左のイデオロギー論争が盛んなように見えるが、実は、本当は外国勢力対日本人の情報戦なのだ。

こんな事を書くとレイシストだとかヘイトだとか言われるようだが、彼らは日本人の防衛本能を奪うだけでなく、自分たち外国人を非難する人にレッテル張りをして言論の自由をさえ奪おうとしている。

これは非常に危険な話だ。

相手が外国人だと何も言えない状態に陥るからだ。

「外国人」と言うのがダメであれば、昔の言葉を復活させて、「非国民」と言うしかあるまい。

日本のことが大好きな帰化人や在日外国人は日本国民として共に、非国民と対峙してほしい。

憲法改正も急ぐべきだが、同時にスパイ防止法の制定も急がねばならない所以である。

日本国内に浸透しているスパイ工作を一網打尽しなければ、本当に日本は滅亡の道を行くしかないのだ。

歴史を振り返ると、かつての日本を襲った危機の時には元寇時であれ、幕末であれ、外圧に対して「日本国民が一致団結して」立ち向かい、水際で侵略を防ぎ、危機を乗り越えて来た。

大東亜戦争では敗戦したが、国民がひとつになって立ち上がったため、欧米植民地主義は崩壊し、国体が守られた。

しかし、現代日本は既に水際からの間接侵略を許し、国が内戦状態に陥っているようだ。

既に国内がバラバラにされている現代日本は史上最大の危機であると感じざるを得ない。

真に日本を愛する日本国民であるなら、右だの左だのと言っている場合ではなく、この危機に一致団結して立ち上がらなければならない。









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